2015年6月12日金曜日

「酒鬼薔薇聖斗の手記出版問題」について思う事と性癖の恐怖


「酒鬼薔薇聖斗」が犯行手記を出版…印税はどうするのか?


「酒鬼薔薇聖斗」を名乗り、97年に神戸連続児童殺傷事件を引き起こした加害男性(32)が10日、犯行の経緯や心情を振り返った手記「絶歌」(太田出版=税別1500円)を出版した。著者名は「元少年A」。

 手記は全294ページ。「精神鑑定でも、医療少年院で受けたカウンセリングでも、ついに誰にも打ち明けることができず、20年以上ものあいだ心の金庫に仕舞い込んできた」という事件前からの性衝動や、犯行に至るまでの精神状況をつづっているという。

原文を一部抜粋

http://news.livedoor.com/article/detail/10217966/

こんにちはShinyaDDです。

今回はこのニュースについて僕なりの意見を書いてみたいと思います。

彼(少年A)がやった事は、どんな事情があれ許されないことである。だから、彼を擁護するつもりはない。現在の彼の境遇は当然と思うし、どれだけ苦しんでも仕方ない、彼はそれだけのことをしたのだと考えます。ただ、この事件から学び取れること、思ったことを書くにあたり若干擁護しているように思われるかもしれないので先、僕の考えを先に書いておきます。

論点となっているのは主に印税の件


ネットで彼のあとがきがちらほらアップされてますね。これを読むと詰まるところ

「お金が厳しくなってきたので、この本で生活費を得たい」

ってことなんだろう。さすがにこれには「ふざけるな!!」といった感情が込み上げてくる。未成年であったとはいえ(個人的には未成年であれ十分に判別がつくから関係ないと思うが)その過去の過ちは一生を持っても償いきれない罪だと思う。

ただ、現在の彼が貧困と現在の境遇が相まって自暴自棄になりさらなる罪を重ねてしまわないだろうかとも思う。お金で境遇は変えられないとしても、とりあえず当面の生活の見込みがたてば冷静を保てる。そしたら最悪の結果には避けられるだろう。

しかし、今の彼の境遇は自分自身が招いた事でその辛さに対し手を差し伸べるのは最悪の事態を免れるためとはいえ釈然としない。たらればになってしまうが最良の選択は難しい。

性癖という名の悪魔


こんな事件を思い出した。

大阪姉妹殺害事件 - Wikipedia

この事件はまず、犯人が16歳のとき(2000年)母親と口論となり金属バットで母親を殴り殺す。そのときついた血をシャワーで洗い流している時、射精している事に気づいたという。少年法により、数年後出所。地元山口で働いたがうまくいかず、うまい金儲けの話があるという事で大阪に出てくる。しかし、その仕事もうまくいかず、自暴自棄になり最後に快楽を求めこの事件を起こしてしまう。

側から聞くと、すごい憤りを覚えるが「この性癖を自分自身が持ってしまったら」と考えるととても恐ろしく感じる。多くの人の性癖はノーマルなものであろうし、同性愛だって昨今市民権を得ている。差別にあっていてもその行為は法を犯すものではない。

酒鬼薔薇聖斗の事件も結局は性衝動からくるものだったと記憶している。どの辺に興奮するのかはわからないが、その欲求を満たす為には殺人を犯さなければいけないというのはかなり残酷な人生だ。(だからと言って擁護するつもりはない)冨樫義博の漫画「レベルE」にもそんな話ありましたね。あれは、宇宙人が地球人を食べるって話なんだけど食欲を性欲に変えると通ずるものがある。

自分はノーマルで良かった。と考えそこで思考停止してしまいがちだが、もしそういう性癖が自分自信に植えつけられていたとしたらぞっとする。その性癖ってのは矯正できるものなんだろうか。根拠はないが不可能だと思う。冷静、平常心でいられる時は、コントロールできてもバランスが崩れると性衝動を満たしたいって気持ちが強くなって、また表面に現れたりしないだろうか。不買運動や彼を糾弾することは容易いが、その行為に反発指摘やしないだろうかと不安になったりもする。難しい。

最後に…

正しい選択なんてなくて、どれもとってもしこりは残るだろう。でも、さらなる殺人は絶対に起きてはいけないのだから、それを起こさない為と考えるならばあまり騒がないってのも一つの手かなぁ〜とも思う。釈然としないけれども…



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